• ミロコマチコ「ミロコあたり」

mirocoatari43_1.jpg

 南の島は、台風の通り道。毎年、必ず台風が当たる。海は広く荒れるので、早々に船が来なくなる。物流が、ストップする。はじめにスーパーからなくなるのは、牛乳とパン。仕事の郵便物も全て止まる。
 いよいよ近づいてくると、家の養生をする。庭に出している植木鉢や飛んでいきそうなものは家の中に入れ、雨戸を閉める。停電に備えて、携帯電話の充電や、米を炊いたり、風呂を沸かしておいたり、ろうそく、懐中電灯など確認しておく。
 去年の台風は、ノロノロと遅かった。出張が多いので、台風の季節は悩ましい。鹿児島で展覧会があり、近づいてくる台風から逃げて、早めに飛び立ったはいいものの、帰るときになっても、まだ奄美大島の周辺を台風がうろうろしていた。やっと動き出したと思ったら、北上して、今度は鹿児島に接近して、長い間帰れなくて、困った。運よく宿も併設しているギャラリーだったので、延泊させてもらえた。桜島を望む海の前の宿で、ゴウゴウと打ち付ける雨風をスケッチして過ごしていた。台風直撃の中、ひとりで泊まるのは心細いだろうと、ギャラリー主とスタッフの方が一緒に宿に泊まってくれて、鍋を囲んで夜な夜な語り明かした。嵐の夜は妙に盛り上がる。そして台風が過ぎ、やっと帰れると思ったら、お盆休みに突入していて、今度は飛行機のチケットを取るのにてんやわんや。来年こそは、夏は出張の予定を入れない、と誓ったけれど、そんなわけにもいかないので、今年も同じように右往左往した。
 今年のひとつめの台風は、うっかりしていた。本州へ向かう予報の台風が、カーブして急にこちらにやって来たのだ。私は呑気に美容院の予約を入れていた。髪を切ってもらってる間にどんどんと雨風が強まってきて、早く帰らないとまずいんじゃないか......という空気が漂いはじめた。
「髪は乾かさなくていいです!」
と告げると、美容師さんも了解し、急いで車に乗り込んだ。途中、風に煽られて車が横にスライドする感覚を味わいながら、無事に家に戻り、雨戸などを閉めたら、友人から連絡があった。
「避難しに行ってもいい?」
 島は古い家も多く、不安な人はホテルに泊まったりする。近所にも何組かそんな友人がいて、そのうちのひとりだった。ただ今回は、みんなのほほんと構えていて、ホテルを予約する必要はないと思っていたのだ。
「おいでー」
と返事する。頑丈かはわからないが、うちはまだ新しいので、きっと大丈夫。
 夕方、ものすごい雨風の中を、高校生の娘とふたりで、大きな荷物を抱えてやってきた。何かと思ったら、大量のグリーンカレーと圧力鍋に入った米、焼きたてのスコーン、お煎餅の詰め合わせなどなど。風呂にもすでに入ってきたと言う。そうだ、私も入っておこう、と急いで支度する。
 いよいよ雨風が強くなってくると、ガシャーン! ボカーン! ボボボボボー!と不穏な音がしまくっているが、雨戸が閉まっていて外の様子が見えない。そうすると、酒でも飲むか、という具合になってくる。黒糖焼酎で乾杯して、グリーンカレーをいただく。
 食べ終わる頃、早々に停電した。ランタンをつけて、お煎餅をつまみながら、みんなでトランプをする。久しぶりの大富豪は、島だからか私のブランクのせいか、知らないルールがたくさんあった。トランプ大会は、大いに盛り上がったが、暗闇のせいか時間の感覚がなくて、気づいたらみんなウトウトとし始めた。久しぶりに電気製品の音がひとつもしない。嵐なのに、部屋の中は静寂で、早めに寝た。
 一夜明け、外へ出ると、そこらじゅう木の枝と葉っぱだらけ。道路脇の木は根こそぎ倒れ、カーブミラーも吹っ飛び、うちの8本あった高さ2、3mほどのバナナも全滅だった。庭にはどこからか飛んできたサーフボードまであった。まだ強風だけど、我慢しきれない住民がそこらじゅうから出てきて、早々に片付けや、パトロールをしはじめている。
「電気、ついてる?」
「あっちの集落の電線に、木が引っかかってるらしいよー」
「去年は牛が逃げたけど、今年は大丈夫だったかねぇ」
など情報交換をする。
 スコーンを朝ごはんにして、ガスは使えるので、温め直したグリーンカレーに麺を入れて、昼ごはんまでできた。長年島に暮らす友人の準備は、さすがだった。
 うちは昼頃に電気が復旧したけれど、そのまま2、3日つかなかった地域もあり、困ってる知人たちに声をかけて、お風呂を開放してあげた。冷蔵庫も使えないので食べるものに困ってないか聞くと、冷凍してあったとっておきの食材を大判振る舞いで食べているという。
 そんなことを、毎年何度も経験している島の年配の方は言う。
「台風は海を見てればわかる。海鳴りがしてないから、今回のは大したことないよ」
海鳴りってどんなのだろう。私もいつかわかる時が来るのだろうか。
「屋根が飛んでいくと、家の中から見る空ってキレイだなぁって思うよ」
百戦錬磨すぎる。
 だけど、私にもわかることがある。夏は毎日、夕方になると、海に入る。日に日に上がっていく海水温。ぬるま湯くらいになっていくると不安になる。そんな時は、
「そろそろ台風が来てほしいな」
と思う。そして台風の後は、冷たい海になっている。海水温度が上がると、台風がやってきて、過ぎると温度は下がるのだ。
 日々、ビロビロと伸び続けてきた島の草木は、空を埋め尽くしそうな勢いだ。大きな木に囲まれている私のうちも、どんどんと枝葉に覆われていく。だけど台風が過ぎると、いろんなものが吹き飛ばされて、すっきりとしている。再び光が差して、少しするとまた元気に芽吹いてくる。台風は、草木を自然に剪定をしてくれているのだと思う。
 なんだか島を丸ごと大掃除してくれてるみたいで、気持ちがいい。だから台風には、毎年きてほしい。でも、お手柔らかにお願いしたい。



Bronze Publishing Inc.