• ミロコマチコ「ミロコあたり」

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 私たちが島にやってきたのと同じ頃、近所にポルトガル出身の男性が現れた。名前はブライマ。身長が2mを超えていて、ヤギを連れて散歩していても、自転車に乗っていても、とても目立つ。ここに来るまでは、ドイツとバリを行ったり来たりしていたらしい。カフェバーをやりたいと言って、うちのすぐそばの物件を借りた。
 今年の春頃から、お店作り開始。島の人同様、自分でリフォームすると言う。もともと住宅として使っていたらしいが、島では珍しい、コンクリート打ちっ放しの殺風景な建物だった。そばに大きなガジュマルの木があり、その周りを月桃が生い茂っている。
 ある日、ブライマが壁を水洗いしながら、落ちない汚れに途方に暮れていた。夫のまさしくんは我が家を一軒作っていたので、いろんな工具を持っている。高圧洗浄機を貸してあげると、とても喜んだ。お返しに、手作りだというレモンチリソースをもらう。魚や肉でもなんにでも合うよと言われ、チキンと豆をソテーしたのに和えたら、めちゃくちゃ美味しかった。その後も何か少しお手伝いすると、自家製のスイカやバジルソースをお返しにくれる。野菜を育てるのも料理も、彼はとても得意。
 たびたびブライマが来て、相談するようになり、私たちも頻繁に覗きに行く。外壁はいちごミルクのようなピンクに塗り変えられた! いきなりとても愉快。ブライマも大笑いしている。竹でできた見たことがないくらい高いカウンターができ、赤、青、緑、白に塗られる。目の前の海から砂浜のサンゴを運んでは庭に撒き、綺麗なテラス席もできた。毎日暑い中、コツコツ作り続ける。見た目のぶっ飛んだ色や愉快さに反して、とても勤勉で丁寧。日々、大音量で音楽を流しながら、楽しそうに作業していて、うちまで聞こえてくるので、一緒に頑張ってるような気分になる。ゆっくり、でもしっかり、お店に生まれ変わっていった。
 集落のおじいちゃんやおばあちゃんも興味津々。ブライマは日本語が話せないが、とても優しく話を聞いてくれるし、みんな思い思いにコミュニケーションを取り合う。とてもいい雰囲気が流れていた。
 ついに、9月にオープン! 早速行くと、古いレコードや日本のお皿が外壁に貼られ、看板にはカセットテープがくっついている。バナナや何かわからない柑橘の木が強引に柱にくくりつけられ、ブライマはいつもと同じように大笑いしている。中に入ると大家さんからもらった縦書きのお手紙を横向きにして額装して飾っていたり、50鍵盤くらいの小さくてかわいいピアノがカラフルにペイントされて置かれている。壁には島の画家が描いたアートや古い農具なども飾られ、70年代のジャス演奏やダンスの映像が壁に映し出されている。トイレは全てエメラルドグリーン。めちゃくちゃなんだけど、ブライマにぴったり。その見た目のキテレツさから、お店の前を通る車は、みんな減速していくほど。
 はじめの頃は私たちしかお客さんがいない日も多かったが、順調に増えてきた。しかし、一人でやっているので、たくさん来ると大変そうで、夫のまさしくんが度々駆り出されるようになった。車がたくさん停まっていると、心配して覗きに行く。料理を運んだり、お酒を作ったりして手伝っている。それにつられて、私も飲みに行ってしまう。バイト代が酒代に変身。それにしても、ブライマの身長に合わせてビールサーバーもエスプレッソマシーンも、驚くほど高い位置にある。
 夜になると、ガジュマルの木につけられた、クリスマスツリーみたいな電球がピカピカ光って、毎日パーティーのよう。私たちのお気に入りは屋上。海の音を聴きながら、星を見ながらビールを飲む。
 はじめは観光客が多かったが、集落の人たちも徐々に現れ始めた。集落のメインストリートにあるので、私たちが飲んでいると見つかって、どやどやと入ってくることもある。新型コロナの影響で集落の集まりや行事の中止が続く中、貴重な情報交換や交流の場になっている。それをいつもの優しい笑顔で見守るブライマ。カラフルな店内で、ファンキーな音楽を流しつつ、丁寧にお皿を洗って、場所を整える。日々ちゃんと店を開ける。だから集落にも受け入れられるのがよく分かる。また好きな場所がひとつ増えた。



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