• ミロコマチコ「ミロコあたり」

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 島では、ヤギを食べる文化がある。舟こぎ競争や相撲大会など、特に力を発揮したいときには、よく食べられていたらしい。苦手な人も多いと思うが、新鮮なのは臭みもなく、とても美味しい。ハツやレバーはお刺身でも食べられるし、ヤギ汁と呼ばれるスープにもする。飼っているヤギをツブす(屠殺する)こともあれば、野良ヤギが出没したら駆除要請が出るので、捕まえてきて、食べることもある。ただ、食べた後は、体から獣の匂いがするほどだから、よっぽど精力満点なのだろう。
 わたしの暮らす集落では、ヤギを飼ってる人が多い。食べるためだけではなく、草をたくさん食べてくれるので、草刈りにも役立つのだ。紐につなげておけば、届く範囲の草を綺麗に食べてくれる。小屋で飼ってる人は、軽トラにヤギが好きな草を山のように積んで走ってるので、すぐわかる。
 ヤギを飼ってる友人からの要望で、集落活動するときにも着られる、ヤギの絵のTシャツを作ったりもしている。2年前、その友人の家のヤギが、突然子どもを産んだ。一頭で飼われているメスで、通常、妊娠させたい場合は、オスとお見合いをするのだが、そんなことはしていないらしい。どうやら、野良ヤギの仕業のようだ。予期せぬ出産はよくあることらしい。
 見に行くと、産まれたのはメスの2頭で、真っ白な子犬のようで、お母さんヤギの後ろに隠れて、めちゃくちゃに可愛かった。友人は3頭は飼えないと、もらってくれる人を探していた。
 速攻、旦那さんと緊急会議を開く。
「2頭もらおう!」
 あっさりと決まってしまった。うちはいつでもそうだった。猫たちも、兄弟で捨てられていたのを、2匹ずつを保護してきた。
 ヤギが乳離れするまではお母さんと一緒に育てて、生後2ヶ月くらいで我が家に来る約束をした。友人に小屋の作り方を聞いて、準備する。もらってきたのは、ちょうど島モモの季節だったので、ムム(島人の桃の発音)とモモと名付けた。
 ヤギを飼ったのは、もちろん初めてだ。友人がしているように、紐に繋いで飼うと、すぐに2頭でグルングルンに絡まったりする。2頭はとても仲良しで、少しでも片方が離れると、「メヘェーーーーー!!」と絶叫する。だから、姿が見えている距離で、紐が絡まないように離して繋いでみる。でも、自分の足や、少しの障害物で、すぐに絡まってしまう。大体、ややこしい方向にしか進まないのだ。そこで紐で繋ぐのは諦めて、野原を柵で囲って、放し飼いにすることにした。まだ若い2頭は自由に動き回れるのが嬉しくて、飛び跳ねて頭突きをし合って、喜んだ。草はそこに生えているものを食べてくれるが、必要なのは塩。大きな塊の岩塩を買ってきて、与えるとよく舐めた。ただ、岩塩が赤いので、口の周りが真っ赤になってることがあり、ギョッとする。
 もらってきた直後は、よく下痢をした。ヤギにとって、下痢は致命的な病気でもあるらしく、心配な日々を過ごした。毒のあるアセビの葉っぱを食べてしまい、食中毒になったこともあった。人間用の肝臓の薬ウルソが効くと聞いて、水に溶かしてドレッシング容器に入れて、暴れるのを必死に抱っこをして飲ませた。蚊から感染する病気の予防薬の量を知るために、体重を測る必要があった。猫の体重を測るときと同じようにして、ヤギを担いで一緒に体重計に乗ると、鋭利な角や足がぶつかって、体中にアザを作ったりもした。
 そんな2頭だったが、今では、丸々太ったツヤツヤの美人姉妹に成長した。これは親バカではない。近所のおっちゃんもうちのヤギを舐めるように見て、
「はげ〜、こんなに美味しそうなヤギ、見たことないねぇー」
なんて言ってくれる。「はげ〜」とは、驚いたりするときの奄美言葉だ。
 完全に食べ物として見られているのはわかるが、わたしたちはこんなにかわいい2頭を食べる気は全くない。
 5日前のこと、いつもだったら、名前を呼ぶと返事して小屋から出てくるのに、モモだけが出てきて、ムムが出てこない。中に入ると、足が血だらけで倒れていた。呼吸が荒く、足から胸にかけてパンパンに腫れている。どうやらハブに噛まれたらしい。ムムをくれた友人も駆けつけて、旦那さんと二人がかりで30kgはあるムムを担いで、急いで家畜の獣医さんへ連れて行った。熱があり、解毒剤を注射してもらった。一夜明けて、様子を見ると、まだ痛そうに唸っているが、少しずつ草を食べたり、水を飲んでいるので、少しは回復に向かっているように見える。それから3日間毎朝、立ちたがらないムムを抱っこして、車まで台車に乗せて運び、注射をしてもらった。あとは、ムムの生命力に賭けるしかない、と言われたので、様子を見守っている。5日たった今も、まだ辛そうだけど、顔もしっかりしてきて、草を噛む力も強くなってきた。ヤギは強い、と言われているので、生きて、また元気に走り回れるようになってほしい。
 柵から抜け出して、近所のホテルの庭で休んでいたり、人の家の大切な庭木を食べてしまったり、日々が事件だらけで、大騒ぎ。固いヒヅメで足を踏まれ続けたり、帽子を食べられたり、てんやわんや。だけど横長の目がなんとも愛くるしくて、角の間や首を撫でてあげると気持ちよさそうにして、お礼の頭突きをしてくれるヤギたちとの生活は、たまらなく愛おしい。



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