ピョロロロロロローーーーーー
鳴り響く美しい声。この声を聞くと、あ、梅雨入りだ、と思う。美しい紫の羽と朱赤のくちばしを持つ、リュウキュウアカショウビンだ。毎年5月頃にやってくる渡り鳥。春と夏が本州より1カ月くらい早く巡ってくる島では、リュウキュウアカショウビンが梅雨の訪れを告げてくれる。
島では、生き物の動きで季節を捉えることが多い。ただでさえ普段から雨が多いが、梅雨入りともなると、嫌になるほど降りつづく。湿度99%という表示を見るのもすっかり慣れたが、あと1%で水の中ってこと?と笑ってしまう。
何もかもカビていく季節に、やってくるのは羽アリ。羽アリとはシロアリのことで、家の木材を食いつくしていく恐怖のアリだ。目に見えるほどの大群で飛んでくる。私の体感では、小雨の生あたたかい夜によく飛ぶ気がする。今では、あ、今晩は怪しいぞ、と感じる。光に集まってくるので、家の電気を消さなくてはならない。梅雨の間はろうそくの灯火でご飯を食べたり、読書する日も多い。
そんなふうに備えていても、襲撃された夜には、一晩中羽アリを退治するはめになる。ろうそくの周りに集まった羽アリを1匹ずつ捕まえ、掃除機を持って家中を回り、窓のそばをウロウロしている羽アリを吸っていく。それでもどんどん湧いてくるので、キリがない。
羽アリはここに落ち着いたと決めると、もう飛ぶ必要はないと言わんばかりに、体を震わせて、羽を落とす。朝起きて、カーテンを開けて、羽がブワッと舞ったときには絶望的な気持ちになる。羽をせっせと箒ではきながら、明るい時間には、蠢く羽アリは見つけられないので、早々木材の中に棲みつき、産卵したのではないかと想像してゾッとする。そんな試練を3回乗り越えると、梅雨が明けると言われている。
夏になると庭にホタルが舞い、ウミガメが毎日目の前の海に来る。子どもたちの定番の遊びはタナガ捕り。「タナガ」とはテナガエビのことで、その名の通り、前の2本の手が体より遥かに長い。近所の川にいる。川のそばはハブも盛んに活動しているので、気をつけなくてはいけない。タナガはじっとしてると足にふわっと寄ってくるので、小さな網で捕る。夜行くと目が光るので、尚見つけやすく、側溝などにもいるので、夕飯後に網を持って何匹が捕って、さっと素揚げにして塩を振って、晩酌のお供によく食べた。
夏の終わりには、カニの大群が道路を横断する。踏まないように車を走らせるのは至難の技くらい出てくるので困る。おそらくリュウキュウアカテガニという種類で、庭先にも石なんかを退けると家族なのか数匹でよくいる。この時期は家の中にも入ってきては、出くわすと威嚇しながら奥へ奥へ逃げて行こうとするので困る。泥臭くて食べることはできないらしい。
秋になると、サシバがやってくる。小さな猛禽類で、ピックイーーーと、高い声で鳴く。東北から九州で繁殖し、寒くなってくると温暖な南西諸島や東南アジアで越冬する渡り鳥だ。その声が聞こえると、島人たちは
「ピッチバヒュー」
と口々に言う。「ピッ」とは「サシバ」のことで、「ヒュー」とは「ヒューヌユ」の略で、方言で「シイラ」のことだ。「サシバ」の声が聞こえたら、「ヒューヌユ」が海に入ってくることを表している。そして島人たちはシイラ釣りに夢中になるのだ。
シイラは足が早いと言われていて、なかなかお店では出回らない。なので、この時期は集落内をシイラが飛び交う。大きくて食べきれないので、お裾分け用にやっと捌きおわったと思ったら、またもらうほどだ。集落の集まりにもお刺身でよく並ぶ。淡白な白身で、うちではよくフライにする。そんな風景が幸せで、秋の象徴でもあることから、ピッチバヒューをお祭りなどで着るはっぴの柄にしたい思い、制作したりもした。
冬になるとザトウクジラがやってくる。船で沖に出て、間近にクジラを見ることができるツアーは人気で、それ目当てに冬の奄美に訪れる人も多い。海を眺めていると、ツアーの船が集まってきたら、必ずクジラがいるので、陸地からも小さくではあるが、見つけることもできる。最近では街中の浅瀬の海にジンベエザメが迷い込んできて、驚いた。
そして冬の終わりから、砂浜の岩場などにアオサがびっしりつき出す春、チヌがやってくる。チヌはクロダイのこと。ちょこっとアオサを取ってお味噌汁に、なんてこともできるし、チヌ釣りも楽しい。
ところで、そんな生き物が豊富な場所に来たら、実在する生き物は描かなくなった。都会で暮らしていた頃はトラやゾウなど、野生動物をよく描いていた。お仕事などで依頼があればそれらも描くが、自分から湧き出てくる制作では目に見えない精霊のようないきものを描いている。それは島人たちが、自然の動きに合わせて暮らしている様子に感動したからだ。それには自然の変化を敏感に感じとることが必要で、それこそが生きていく上でとても大切なことだと思った。風や波や雲、温度には絶えず動きがあって、生き物のようだ。そこに現れた姿を捉え、描くことで、自分の体に感覚を取り込もうとしている。
冬は北風が強い。ときおり吹く突風は、ゴオオオオオと海や木々を唸らせる。冷たい獣の姿が見える気がすると、また絵を描きたくなる。
鳴り響く美しい声。この声を聞くと、あ、梅雨入りだ、と思う。美しい紫の羽と朱赤のくちばしを持つ、リュウキュウアカショウビンだ。毎年5月頃にやってくる渡り鳥。春と夏が本州より1カ月くらい早く巡ってくる島では、リュウキュウアカショウビンが梅雨の訪れを告げてくれる。
島では、生き物の動きで季節を捉えることが多い。ただでさえ普段から雨が多いが、梅雨入りともなると、嫌になるほど降りつづく。湿度99%という表示を見るのもすっかり慣れたが、あと1%で水の中ってこと?と笑ってしまう。
何もかもカビていく季節に、やってくるのは羽アリ。羽アリとはシロアリのことで、家の木材を食いつくしていく恐怖のアリだ。目に見えるほどの大群で飛んでくる。私の体感では、小雨の生あたたかい夜によく飛ぶ気がする。今では、あ、今晩は怪しいぞ、と感じる。光に集まってくるので、家の電気を消さなくてはならない。梅雨の間はろうそくの灯火でご飯を食べたり、読書する日も多い。
そんなふうに備えていても、襲撃された夜には、一晩中羽アリを退治するはめになる。ろうそくの周りに集まった羽アリを1匹ずつ捕まえ、掃除機を持って家中を回り、窓のそばをウロウロしている羽アリを吸っていく。それでもどんどん湧いてくるので、キリがない。
羽アリはここに落ち着いたと決めると、もう飛ぶ必要はないと言わんばかりに、体を震わせて、羽を落とす。朝起きて、カーテンを開けて、羽がブワッと舞ったときには絶望的な気持ちになる。羽をせっせと箒ではきながら、明るい時間には、蠢く羽アリは見つけられないので、早々木材の中に棲みつき、産卵したのではないかと想像してゾッとする。そんな試練を3回乗り越えると、梅雨が明けると言われている。
夏になると庭にホタルが舞い、ウミガメが毎日目の前の海に来る。子どもたちの定番の遊びはタナガ捕り。「タナガ」とはテナガエビのことで、その名の通り、前の2本の手が体より遥かに長い。近所の川にいる。川のそばはハブも盛んに活動しているので、気をつけなくてはいけない。タナガはじっとしてると足にふわっと寄ってくるので、小さな網で捕る。夜行くと目が光るので、尚見つけやすく、側溝などにもいるので、夕飯後に網を持って何匹が捕って、さっと素揚げにして塩を振って、晩酌のお供によく食べた。
夏の終わりには、カニの大群が道路を横断する。踏まないように車を走らせるのは至難の技くらい出てくるので困る。おそらくリュウキュウアカテガニという種類で、庭先にも石なんかを退けると家族なのか数匹でよくいる。この時期は家の中にも入ってきては、出くわすと威嚇しながら奥へ奥へ逃げて行こうとするので困る。泥臭くて食べることはできないらしい。
秋になると、サシバがやってくる。小さな猛禽類で、ピックイーーーと、高い声で鳴く。東北から九州で繁殖し、寒くなってくると温暖な南西諸島や東南アジアで越冬する渡り鳥だ。その声が聞こえると、島人たちは
「ピッチバヒュー」
と口々に言う。「ピッ」とは「サシバ」のことで、「ヒュー」とは「ヒューヌユ」の略で、方言で「シイラ」のことだ。「サシバ」の声が聞こえたら、「ヒューヌユ」が海に入ってくることを表している。そして島人たちはシイラ釣りに夢中になるのだ。
シイラは足が早いと言われていて、なかなかお店では出回らない。なので、この時期は集落内をシイラが飛び交う。大きくて食べきれないので、お裾分け用にやっと捌きおわったと思ったら、またもらうほどだ。集落の集まりにもお刺身でよく並ぶ。淡白な白身で、うちではよくフライにする。そんな風景が幸せで、秋の象徴でもあることから、ピッチバヒューをお祭りなどで着るはっぴの柄にしたい思い、制作したりもした。
冬になるとザトウクジラがやってくる。船で沖に出て、間近にクジラを見ることができるツアーは人気で、それ目当てに冬の奄美に訪れる人も多い。海を眺めていると、ツアーの船が集まってきたら、必ずクジラがいるので、陸地からも小さくではあるが、見つけることもできる。最近では街中の浅瀬の海にジンベエザメが迷い込んできて、驚いた。
そして冬の終わりから、砂浜の岩場などにアオサがびっしりつき出す春、チヌがやってくる。チヌはクロダイのこと。ちょこっとアオサを取ってお味噌汁に、なんてこともできるし、チヌ釣りも楽しい。
ところで、そんな生き物が豊富な場所に来たら、実在する生き物は描かなくなった。都会で暮らしていた頃はトラやゾウなど、野生動物をよく描いていた。お仕事などで依頼があればそれらも描くが、自分から湧き出てくる制作では目に見えない精霊のようないきものを描いている。それは島人たちが、自然の動きに合わせて暮らしている様子に感動したからだ。それには自然の変化を敏感に感じとることが必要で、それこそが生きていく上でとても大切なことだと思った。風や波や雲、温度には絶えず動きがあって、生き物のようだ。そこに現れた姿を捉え、描くことで、自分の体に感覚を取り込もうとしている。
冬は北風が強い。ときおり吹く突風は、ゴオオオオオと海や木々を唸らせる。冷たい獣の姿が見える気がすると、また絵を描きたくなる。