• ミロコマチコ「ミロコあたり」

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 ある朝、家の前が騒がしい。
 耳を澄ますと、「いるいる〜」「白と黒の〜」「ほら、窓のとこー!」という大人の声。それに混じってこどもたちの「かわいいー」「ねこちゃーん」の声。
 覗いて見ると、保育園のお散歩隊だった。うちの猫たちは窓から外を眺めるのが朝の日課なので、お散歩隊はそれを見つけたらしい。猫たちは窓がある安心感か、逃げずにジッとみんなを見つめている。
 そのうちに先生が玄関の表札を見て、面白いことを言い出した。「ミ、ロ、コ、マ、チ、コ、だって! あっ! きっとミロちゃんとコマちゃんとチコちゃんなんだよー」。ちょうどその時は窓に3匹いたので、わたしの名前を見事に猫3匹に分けてくれた。こどもたちも喜んで、「ミロちゃーん、ばいばーい」とか「コマちゃーん、またねー」とか言ってくれる。家の中でこっそり盗み聞きしているわたしはニヤニヤしてしまった。
 別の日の朝、また賑やかに声が聞こえてきた。「あれっ! 今日はいなーい!」「えー、ざんねんー」「おーい、ミロちゃーん」なんて聞こえてくる。その時猫たちはベランダに出ていて、わたしは心の中で「みんな、ベランダを見て!」と叫んでいた。
 次の日の朝、だいたい10時半くらいに通ることが分かり始めていたので耳を澄ましていた。するといつもの明るい先生の声が聞こえてきた。この日は、「あ!いたー!」という声と同時に「えー、いないよー」という声。急に声を聞いて驚いた猫が窓にいたのに奥へ引っ込んだらしい。
 わたしは2階の仕事部屋にいたので、急いで窓を開けて、「おはようございまーす!」と言うと、いつもの明るい先生が「おはようございまーす!」と返してくれた。「ちょっと待っててくださーい!」と、わたしは急いで絵本を掴んで外に出た。そこには若い女性の先生が3人と3歳くらいのこどもたちが10人くらい。うちの前で並んでいる様子だけでかわいい。
 意を決して「あのー、実は毎朝声を聞いていて......」と言うと、「ええー!」「すごく猫ちゃんがかわいいのでー」と言う。「実はミロコマチコというのは猫の名前ではなくて、わたしなんです」と告白した。そして「わたしは絵本を作っていて、うちの猫たちはこれです」と『てつぞうはね』を見せた。
 先生たちは「え⁉ え⁉ ご本人ですか⁉」と戸惑い、こどもたちはキョトンとしていた。『てつぞうはね』ははじめてわたしが飼った猫が亡くなってから、ソトとボウがうちに来るところまでのおはなし。裏表紙にソトとボウの姿が描いてあるのを見せて、「この猫たちがいつも窓から覗いているので、みんなで読んでみてください〜」と説明して、一番近くにいたこどもに絵本を渡した。そして、唯一社交的なボウちゃんだけを抱いて、みんなに見せてあげた。こんなにいっぱいのこどもたちと触れ合うのは初めてのボウちゃんは、さすがに焦っていた。先生たちは相変わらず仰天しつつも、「みんな なんて言うんだっけ〜?」とこどもたちに聞くと、揃って、「あーりーがーとうーごーざーいーます!」。バイバーイと挨拶して、家へ入った。すごくドキドキしていた。
 次の日は雨だった。また来るかなぁと思いつつ、どうやら雨の日はお散歩しないみたい。猫たちはそんなことも考えず、相変わらず外を眺めている。
 その次の日は晴れた。通るかなー通るかなーと思いつつ、仕事を始める。すると、ピンポーンとチャイムの音。
 「◯◯保育園チューリップ組ですー」と言われたので外へ出ると、こどもたちが、黄色い紙の束をリボンで閉じたソトとボウが表紙になっている本をくれた。パラパラとめくるとこどもたちの絵。たぶん猫のような耳がついているので、みんなで『てつぞうはね』を真似して描いてくれたみたい。絵本のお礼に作ってくれたらしい。それぞれが描いた猫がまだふにゃふにゃの線で想像するのが楽しい。
 わたしは大感激して、「ありがとうー。大事にします‼」とお礼を言った。「猫はいる日もいない日もあるだろうけど、また通ってね〜」。タッチで別れるのが流行っているのか、こどもたちと手をパチンと合わせて、お散歩を見送った。
 さて、それから。相変わらず晴れている日は、10時半頃にうちの前を通るお散歩隊。いつも賑やかで心が弾む。ただ、『てつぞうはね』では、その後うちに来たテンちゃんスイちゃんのことが描いていない。鼻がピンクはソト、鼻が黒いのはボウ、ってちゃんと覚えてくれているこどもたちは、テンちゃんを見て「ソトちゃーん」と言ったり、スイちゃんを見て「ボウちゃーん」と言ったりしている。暖かくなってきたので、窓を開けていることが多く、先生とこどもたちの明るい声がよく通る。いつも会話がおかしくて笑ってしまう。
 猫たちの名前をちゃんと伝えるべきか。でもしばらくこのまま、みんなの面白い会話を盗み聞きしていたいな、という気持ちが大きくて、迷っているところ。4匹の猫たちにも毎朝窓に行ってほしいなと願っているところ。





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