• ミロコマチコ「ミロコあたり」

mirocoatari07.jpg

 8月の頭に、野外音楽フェスでライブペインティングをするため、福井県大野市のキャンプ場に行った。生の音楽と共に絵を描けるなんて、めちゃくちゃ心が躍る。描き終えた後もテンション高く、ひとしきり音楽を堪能して、野外でお酒を飲みながら過ごしていた。翌日はこどもたちと大きな絵を描くワークショップが控えていたので、早めに宿で休んだ。
 次の日の朝、快調に目覚めたが、足の様子がおかしい。足首のあたりに、血がぐんぐん集まっていくような。赤い点が、両足に7つ。立つと、ぎゅーんと痛い。特に左足首がひどくて、地面に長く触れていると、ジンジンするので、じっと立っていられない。
 宿で朝食を食べながら、人懐っこいおかみさんに聞いてみると、
「いや〜、ブユに噛まれてるわ!」と言われた。
 ブユに噛まれると、とてつもなく痒いらしい。ライブペインティングが終わったあと、ビーサンでのんびりビール飲んだりしてたからだ。ああ、面倒くさがらず靴下履けば良かった......!
 悔やみながらも、まぁ、強い蚊に噛まれたくらいの気持ちで、やり過ごすことにした。ワークショップも足をジンジンさせながら、なんとか終了。東京に戻ることになった。
 福井県から東京へは、5時間くらい。その間に、足がとてつもなく熱くなってきた。靴下に足が擦れるのが辛い。とはいえ、新幹線の中で裸足になって掻きむしるのも周りに迷惑だし、耐える。気休めに靴を脱いでみると、ぐいぐい腫れてきた。
「ブユってどんな顔してんのか、見てやる!」と、携帯で検索する。蚊のように長いストローのような口でさすのではなく、顔を皮膚に直接突っ込んで血を吸っているような画像が出てきた。
「あかん! よけい痒なる!」 携帯をしまって、靴を履こうとしたら、膨張して入らない。もはや、痒いを通り越して、痛い。品川に着く頃にはまともに歩けず、左足を引きずって帰宅した。
 猫たちがワラワラと出てきて、にゃあにゃあ騒ぐ。ホッとしたのも束の間、数時間後には奄美大島に行くことになっていた。荷ほどきをして、荷造りをせねばならない。猫たちは必ずそういう時、旅行バッグに顔を突っ込んだり、並べた着替えの上ででんぐり返りをして、ぐちゃぐちゃに乱し、邪魔をする。4匹いるので、いたるところで事件が勃発し、日数分の靴下を用意したと思ったら、くわえてどっかに持って行かれ、足りなくなる。
 ん? 4匹? あれ? 3匹しかいない。よく見ると、ボウちゃんが、階段の中腹あたりにじっと座っている。
「ボウちゃん」と呼びかけると、テト、テト、テト、とゆーっくり降りてきたが、またすぐ座り込んだ。どこかおかしい。
「ボウちゃん、歩いてごらん」と言って立たせると、左足を地面につこうとしない。残りの3本で2、3歩歩いたら「......ァー」と蚊の鳴くような声を出して、また座り込んだ。
 なんで⁉ ボウちゃんも足痛いん⁉ 折れた⁉ ブユに噛まれた⁉ とパニックになって、急遽、夜間救急動物病院に連れて行くことにした。
 左足が痛い、飼い主と猫。どちらも足を引きずっている。「私も診てもらいたいわー」と思いつつ、診察室に入る。
「確かに左足が痛そうですねぇ」と先生に言われて、レントゲンを撮ることになり、しばし待合室で待つ。実家の犬が、亡くなる半年前くらいから足を引きずるようになったので、不安がよぎる。あの時はお腹に大きな腫瘍ができて、神経を圧迫して歩けなくなったのだ。うっ、ボウちゃんが内臓に重大な病気を抱えていたらどうしよう......。
 緊張したが、美しい見事な猫のレントゲン写真が出来上がってきた。骨にも内臓にも異常はないらしく、「ほぅ」と一息つく。くじいただけの可能性が高いので、今日はとりあえず痛み止めの注射をして経過観察することになった。
 というわけで、奄美大島行きは、急遽キャンセル。ボウちゃんの様子を見るため、自宅待機となった。とりあえず重大な病気じゃなくて(くじいてはいるのだけど)、良かった。
 しかし、同じ足を負傷するなんて......足をくじいた瞬間、ボウちゃんはブユになって空を飛び、私にSOSを出すため、同じところを噛んだのではないか?と不思議な気持ちになった。奄美に行けなくなったことに少しの無念さを滲ませながら、荷造りしたのをまた荷ほどきした。
 翌日、私の足は更に更に腫れあがり、痛くて、ほとんど歩けない。足首だけだったのが足の甲までぷっくり腫れて、パンパン。家族に冷えピタを買ってきてもらって、ベタベタに貼りまくり、半泣きで寝転ぶ。その横へ、足を引きずってボウちゃんがやってきて、寝転ぶ。同じ足が痛い、人間と猫との予期せぬ夏休み。
 そんなボウちゃんは日に日に良くなって2、3日ですっかり治ってしまった。私はピークを過ぎたものの、痒さと腫れを引きずっていた。テレビをつけると、帰ってくる予定だった奄美からの飛行機が台風のため欠航になっていた。
 あの時、奄美大島に飛び立っていたら、現地では足が痛くて何もできなかったかもしれない。更に帰ってくることもできなかった......。
 ちらりとボウちゃんを見ると、涼しい顔をして歩き回っている。
 そもそも足をくじく猫なんて、どんくさすぎやしないか? もしや、ボウちゃんは全て起こることを予想していて、演技で足が痛いのを装い、奄美行きを阻止したのではないか。もしくはただでさえ寂しいのに、帰りの飛行機が欠航で帰りが遅くなるのは耐え難いから、自分の足とともに私の足に呪いをかけ、奄美行きを阻止したのではないか。
「ほうらね。ボクのおかげで、奄美に行かずに済んだでしょう。感謝してよね」とでも言いたげな顔。堂々と立っているボウちゃんに、私は「ハハ〜〜、ボウ様〜〜」とひれ伏した。
 不思議なことに、私の左足はボウちゃんとつながっているようだ。
 みなさま、くれぐれもブユにご注意(8月末現在、まだ痒い)。





mirocoatari_chara.jpg




Bronze Publishing Inc.